BLOG: なぜ会議で意見が出ないのか?組織文化に潜む「権力格差」と“沈黙の意味”

「何か意見はありますか?」
会議の終盤、上司のこの問いかけに、しんと静まり返る会議室。
誰もが手元の資料に目を落とし、沈黙が流れる――。
多くの日本企業で見られるこの光景。最近では「心理的安全性が足りないのではないか」「もっと発言しやすい雰囲気を作らなければ」と、改善に取り組むリーダーも増えています。
ただし、この沈黙は必ずしも「消極性」や「無関心」を意味するわけではありません。文化によっては、沈黙は「役割を尊重する態度」や「上位者に判断を委ねる誠実さ」の表れである場合もあります。
もしこの沈黙の理由が「心の壁」だけでなく、私たちが無意識に共有している「組織文化」によるものだとしたらどうでしょうか。
今回は、ホフステードの6次元モデルから「権力格差」という視点から、会議で意見が出ない背景にある“沈黙の意味”を紐解いていきます。

「心理的安全性」だけで足りない理由

「心理的安全性」という言葉が浸透し、若手社員に「何を言っても大丈夫だよ」と接するマネージャーは増えました。それでも、本音や批判的な意見が出てこないという悩みは根強く残っています。
ここで注目したいのが、「権力格差」という概念です。これは、「権力の弱いメンバーが、権力の不平等をどの程度受け入れているか」を示します。
個人が心理的に安心していても、組織の設計そのものが『発言よりも役割遵守を優先する構造』になっている限り、自発的な意見は生まれにくいのです。

権力格差がつくる「正しい振る舞い」

面白いことに、この権力格差の捉え方は、企業文化やチームの成り立ちによって大きく異なります。

  • 権力格差が大きい文化:
    部下は「上司は答えを持っているべき存在」だと期待し、会議は「決定事項を受け取る場」と認識されやすくなります。
    これは「上が得をして下が損をしている」という単純な構図ではなく、「上は決める責任を持ち、下は守られる権利を持つ」という役割分業の文化とも言えます。沈黙は、従属ではなく「期待された行動」である場合もあります。
  • 権力格差が小さい文化:
    上司と部下は対等な立場と捉えられ、意見表明は「貢献」や「責任」の一部と見なされます。発言は権威への挑戦ではなく、組織への価値提供と解釈されます。
    発言の多少は、意欲よりも「文化が定義する“正解の振る舞い”」の違いによって左右されているのです。

組織・キャリアなど背景の違いが生むズレ

国籍だけでなく、業界・組織文化・キャリアの違いも沈黙の受け止め方に影響します。スタートアップやフラットな組織に慣れた人は沈黙を「消極性」と誤解しやすく、階層的な組織で育った人は率直な発言を「越権」と感じることがあります。これは能力の差ではなく、異なる“文化の眼鏡”による認知のズレです。
階層的なサプライチェーンを持つ産業では、権力格差が構造的に強化されやすい傾向があります。発注者と受注者、親会社と子会社といった関係性は、「対等な議論」よりも「従うこと」を合理的にしてしまいます。
その結果、会議は「自由な意見交換の場」ではなく、「決定を確認し責任を整理する場」になりやすく、沈黙は組織構造に適応した合理的な反応とも言えるでしょう。

CQで沈黙を読み解く

沈黙をなくすこと自体が目的ではありません。重要なのは、その沈黙がどのような文化的前提から生まれているのかを理解することです。
CQ(文化知性)は、異なる価値観や役割期待を理解し、それに応じて関わり方を調整する力です。まずは組織を客観視し、文化や文脈に応じた発言の“橋渡し”を設計していくことが求められます。
沈黙は単なる問題ではなく、組織の前提を映し出すヒントになり得ます。

あなたのチームにある沈黙は、発言不足でしょうか? それとも、役割意識や文化的期待が生み出す“合理的な沈黙”でしょうか?
CQとは、「沈黙をなくす力」ではなく、沈黙の意味を読み解き、組織の関わり方や設計を調整していく力なのかもしれません。
相手がかけている「文化の眼鏡」を想像することから、新しい対話と組織文化への一歩が始まります。

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