BLOG:「彼ら」対「私たち」。企業文化の衝突が生む分断と「優劣」の心理

M&Aの統合プロジェクトで、買収先の社員を「あちらの人たち」と呼ぶようになったのはいつ頃からだったか。

外資系企業の日本法人に赴任した直後、本社のやり方を「グローバルスタンダードの押しつけ」と感じた、あの閉塞感。

そこに働いていたのは、単なる意見の違いではありませんでした。

「防衛」という名の本能

CQの発達段階を示す5段階モデルにおいて、第2段階は「二極化」と呼ばれます。これは、異なる文化に触れた時に「違いに対してストレスや拒否反応を感じる」段階です。

ここで起きることは、単なる戸惑いではありません。「相手のやり方はおかしい」「なぜ我々のルールに従わないのか」という感覚が生まれ、無意識のうちに相手を「劣っている」と評価し始めます。これは、自分たちの組織文化を守ろうとする防衛本能の現れです。

注意すべきは、この段階が必ずしも「悪意」から生じているわけではないことです。むしろ、誰もが通る自然なプロセスです。文化に全く関心のない第1段階(無関心)よりも、拒否反応が出るということは、少なくとも違いと向き合おうとしている証拠でもあります。

「優劣」という罠

問題は、二極化の段階が長く続く時です。

「うちのやり方の方が合理的だ」
「海外の人は感情的だ」
「日本人は決断が遅い」

こうした言葉が組織内に定着し始めると、文化の「違い」はいつの間にか「優劣」の判断に変換されています。相手を理解しようとするエネルギーが、相手を批判するエネルギーに切り替わっているのです。

ここで起きているのは、「自分たちの文化という眼鏡」で相手を見て、その眼鏡の歪みに気づかないまま判断を下すことです。個人主義的な文化から見れば、集団主義的な行動は「自律していない」と映る。しかし集団主義の側から見れば、それは「内輪への誠実さ」です。どちらかが正しく、どちらかが間違っているのではありません。

「彼ら」という言葉が出てきたら

組織の中で「彼らはわかっていない」「うちの文化には合わない」という言葉が増えてきたとしたら、それは二極化の段階にあるサインかもしれません。

その感情を否定する必要はありません。ただ、一度立ち止まって問いかけてみてください。「私は今、相手を理解しようとしているのか、それとも自分を守ろうとしているのか」と。

違いはコストではなくチカラになり得ます。しかしそのためにはまず、「彼ら」という言葉が生まれた瞬間を自覚することが、その入口になるのです。

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